038879 ランダム
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 田中君と別れた理由は、沙紀本人にとってもはっきりとしたものではなかった。
 「彼と付き合っていこうっていう情熱が無いから、別れたのよ。」
 沙紀は和美にそんなことを言ったが、和美はあまり納得していないようだった。
 「それって・・・つまり冷めたってこと?」
 「んー、自分的には、冷めたっていうのとはちょっと違うんだけどね。」
 沙紀は、冷めてたのはもっと前からなんだけど、と言おうかと思ったが、やめた。そんな話をすると余計こんがらがってしまう気がしたから。けれど、自分の微妙な気持ちを言葉にすることが出来なくて、もどかしい。
 だからあまり話したくなかったのに、と思いながら、沙紀は続けた。
 「基本的に、どこが嫌とか言うことは無いのよ。しいて言えば、メールの返事をするのが面倒だったり、休日を彼のために使うのが面倒だったり、彼とデートしたりして、ほら、私たちってどこ行ってもワリカンなんだけど、それでお金がきつくなったりとか・・。まあ、これが決め手、っていうようなことは無いんだけど・・」
 「えー、そんなんで別れちゃうのって、なんかもったいないなあ。沙紀言ってたじゃない。田中君は優しいし、料理が美味しいし、言うことないって。」
ペットボトルのお茶を飲みながら沙紀の話を聞いていた和美は、そんな感想を口にした。

 和美の言うとおり、田中君は申し分ないほどの彼だったと思う。沙紀のわがままをなんでも聞いてくれたし、いつも優しかった。激しいけんかをしたということも一度も無く、いつも彼の方が折れてくれていた。
 田中君は料理をするのが好きで沙紀のリクエストする料理を作ってくれたことが何度かあった。沙紀が美味しいと言って食べると、彼は喜んだ。確かにあの頃は、そんな彼のことを好きだとも思っていた。今でも、喜んでいる彼の顔を思い出すと、彼と付き合っていた頃も良かったかなあなんて思う。別れてしまうのも確かにもったいないと思う。けれど・・

 「ふと、そういう気持ちになっちゃったら、もうだめなのよね。私、この人のことそんなに好きじゃないのに、なんで付き合ってるんだろうって。もっと他にいい人居るんじゃないかって。そういう気持ちになっちゃったら、もう付き合ってるのが面倒くさくなっちゃう。」

 彼と一緒に居る時は楽しかったと思う。しかし、付き合いつづけようという情熱が無くなり、彼のために使う時間が惜しくなった。という感じである。
 それに田中君は、自分は相手のことをいつでも思っているし、相手にも自分のことをいつでも思っていて欲しいというような気持ちで、沙紀と付き合っていた。沙紀は、彼が求めているように、相手に依存するような、お互いが干渉しあうような付き合いをする気はなかった。
 人から干渉されることは鬱陶しいだけだと思っていた。もっと、お互いがさっぱりとした付き合いをしたい。相手のことを尊重して、お互いが一緒に居たい時に一緒に居て、けれど自分の時間は大切にして。そんな風に付き合いながら、お互いを高めあっていけるような、そんな付き合い。
 相手に依存しすぎるのも、されすぎるのも、疲れるだけじゃないか。常に相手のことを考えていられるわけじゃない。ほかにもたくさん面白いことはある。

 沙紀は、そんな自分の理想を和美に話した。


 「んー、なるほどねえ。」
 和美は立ち上がり、沙紀の話を聞きながら手の中でもてあそんでいたペットボトルの容器をゴミ箱に捨てた。戻ってきてイスに座りなおし、和美は自分の考えを話した。
 「まあ、沙紀が言ってることもわかるんだけど、そういうのって付きあってたら当然じゃないかな?相手が何してるか気になったり、メールの返事欲しがったりするのって。確かにそれぞれの時間を大切にするってのは必要だと思うけど、お互いが干渉しあわない付き合い方なんて無理だと思う。私は逆に、彼が素っ気無くて悩んだりするけどなあ・・」
 しかし、それほど強く否定しているわけではないようで、「まあ、その時の相手との関係にもよるだろうけど。」と付け加えた。

 昼休みの時間が終わりに近づいてきているらしく、さっきまではほとんど二人以外の人がいなかった教室にも、人が増えてきた。午後からの授業をこの教室で受ける学生達がぽつぽつと集まってきていたのだ。
 沙紀と和美は、午後からは今居る教室とは別の教室で講義を受ける。

 沙紀は、誰かと付き合っていて相手が素っ気無くて悩むというようなことは無かった。いつだって彼氏はうるさいくらいに束縛したり干渉したりしてくる。だから、和美の気持ちはわかっているつもりだけど、和美と同じ気持ちにはなれないのだと思った。
 そんなことを考えてボーっとしている沙紀に、和美は声をかけた。
 「つまり、もう沙紀の田中君への気持ちは冷めてしまったってことだね。彼のことは好きじゃなくなったんだ・・・。じゃあ、まあしかたない。」
 「んー、じゃあ、そうゆうことにしとくよ。」
 なんだか沙紀にとっては、和美に自分の気持ちが伝わったのか曖昧なままだったが、和美が納得したとのでこの話は終わりという感じになった。沙紀は、冷めたのと気持ちが離れるのとはちょっと違うと思ったが、別にそこまで突っ込んで話をする気は無かった。

 沙紀と和美は立ち上がり、自分たちの受ける授業が行われる教室へ向かった。


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